右手に障害が残って気づいた、「普通の道具」が使えない瞬間

右手に障害が残った今、日常生活で一番つらかったのは「大きなこと」ではありませんでした。
仕事ができないことでも、外に出られないことでもなく、もっと些細で、もっと身近なことでした。

それは、これまで当たり前に使っていた「普通の道具」が、突然使えなくなったという現実です。

右手が使えなくなって最初に困ったのは「能力」ではなかった

事故のあと、右手には麻痺が残りました。
握る、ひねる、力を入れる、細かく動かす。
それまで無意識にやっていた動作が、一つひとつできなくなっていきました。

最初は「自分の努力が足りないのではないか」「慣れればできるようになるのでは」と考えていました。
でも、毎日を過ごすうちに気づいたのです。

困っている原因は、自分ではなく、道具の“前提”だったということに。

ハサミが使えないという衝撃

最初に強く感じたのは、ハサミでした。
紙を切る。ただそれだけの作業なのに、切れない。

右手で持つことを前提に作られたハサミは、左手では力の入れ方も角度も安定しません。
紙が逃げる。線が歪む。思った通りに切れない。

「切る」という行為が、こんなにも難しいものだったのかと初めて知りました。

私が見つけた両手用ハサミをご紹介しておきます。


[コクヨ] ハサミ サクサ チタン フッ素・グルーレス刃 HSM-PTA100 SAXA はさみ 両手 両手用 左右対称 フッ素 グルーレス チタンコート ベタつきにくい ノリが付きにくい 錆びにくい 長持ち

文房具は想像以上に「両手前提」だった

次に困ったのは、ペンやノートなどの文房具です。

字を書く、メモを取る、署名をする。
どれも生活の中では欠かせない動作ですが、右手が使えないだけで一気に難易度が上がりました。

左手で字を書くこと自体も大変ですが、それ以上につらかったのは、
「時間がかかる」「形にならない」「何度も書き直す」という積み重なったストレスでした。

この体験については、別の記事で詳しく書いています。
聞き手ではない左手で字を書くという難しさ

スマホは便利なはずなのに、なぜこんなに疲れるのか

現代の生活で欠かせないスマートフォンも、片手では想像以上に負担になります。

  • フリック入力が安定しない
  • 長文を打つと手首が痛くなる
  • 画面端に指が届かない

「片手モード」や設定を変えることで多少は楽になりますが、
それでも完全にストレスが消えるわけではありません。

便利な道具ほど、実は「健常な両手」が前提になっていることを痛感しました。

袋・フタ・細かい作業の壁

日常の中で地味に心を削られるのが、袋やフタ、細かい作業です。

  • お菓子の袋を開ける
  • ペットボトルのキャップを回す
  • 薬の包装を剥がす

どれも「簡単なこと」と思われがちですが、片手では思うようにいきません。

できない自分に苛立ち、時間がかかることに疲れ、
「こんなこともできないのか」と気持ちが沈んでいきます。

道具が悪いわけでも、自分が悪いわけでもない

あるとき、ふと考え方が変わりました。

道具は、もともと「多くの人にとって使いやすい前提」で作られている。
それは決して悪いことではありません。

でも、その前提から外れた瞬間、
使いにくさは一気に「苦しさ」に変わります。

それは能力の問題ではなく、環境と前提の問題でした。

「工夫すれば楽になる余地」は確実にある

すべてを我慢する必要はありません。
すべてを乗り越えようとしなくてもいい。

道具を変える、やり方を変える、考え方を変える。
それだけで、生活は少しずつ楽になります。

今はまだ、試行錯誤の途中です。
でも、確実に言えることがあります。

同じ状況にいる人は、決して一人ではないということです。

まとめ:困ったのは「あなた」ではない

右手に障害が残って気づいたのは、
「普通」がどれほど特定の条件に支えられていたか、という現実でした。

困ったのは、あなたの努力不足でも、弱さでもありません。
ただ、前提が変わっただけです。

これからこのブログでは、
同じ立場の人が少しでも楽になるための体験や気づきを、
正直に、丁寧に残していきたいと思っています。



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